胡桃林の寝子日和。

讃う可き哉、悠々自適なマイライフ in 加奈陀。 by chat(yuling)
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16日目。
2011年 02月 28日 |
2月も今日で終わり、明日からは3月です。
帰国してから、まだわずか2週間ちょっとなのに、感覚的にはもうずっとここにいるような気がするのは、なぜでしょうねえ。
カナダのおうちに帰るまでにまだ1ヶ月以上あることに、ちょっとため息をつきたくなっています。

父を一人に出来ないという事実は、理解しています。
だからこそ、老齢といわれる年代の母ひとりにすべての負担をかけられないと、ある程度の生活リズムが確定するまではと帰国したのですけれど。
私が2歳になる少し前からずっと過ごしてきた実家が、今はもう、私の居場所ではないんだなーって、たまに思っちゃうんですよね。
物心がついた頃からずっと暮らしてきた家ですから、居心地の悪さというものは皆無です。
でも同時に、私がカナダに生活の基盤を移してからは、実家の中の私の居場所というのが流動的になっていることは否めません。
以前は、家族の時間以外はほとんど自分の部屋にいましたが、今は、お布団を用意してもらっている部屋にいるのは夕食後以降のみですし。
外出だって、やっぱり気軽にほいほいと出歩けるわけではないので、気を使います。
もちろん母は、もっと私に出かけて自由な時間を過ごしなさいといってくれますけれど、現実を目の当たりにすると、気軽に『じゃあよろしく』なんて出来ません。
これから先、何が起こるか、誰にもわかりません。
最近多い地震だって、いつ東海地方で起こるとも分からず。
それでも、なるべくどんな状態&状況であれ、父の苦しみが最低限であるよう、祈っています。

それでは、また。
いつも暗ぁい話になってしまって、ごめんなさい。
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2011年 02月 27日 |
クリスマス前に入院した父が、2月始めに退院して以来、週一で看護士さんが訪ねてきてくださいます。
おひとりはMさんという方で、時に厳しいこともズバッとおっしゃいますが、とても頼りになる方です。
もうひとりはSさんという方で、Mさんよりもお若く経験も浅いようですが、『医療的なことはMに任せて、私は心のケアをしたいと思います』といってくださいました。

Mさんは、医術的なことだけではなく、本当に父を心配してくれ、父の通院の日も『その日時ならば私は病院にいるので時間を作って会いに行きますね』と、本当にお忙しい中、父の診療に立会い、その後父や母ともお話しするお時間を作ってくださいました。
おっしゃることはすべて理にかなっており、些細な質問にも丁寧に答えてくださる、とても頼りになる方です。

Sさんは、Mさんよりも年下で経験も浅いようですが、だからこそなのか、事務的なことよりも病気や症状に関係のないおしゃべりをして『心のケア』をしてくださる方のようです。
父がナンプレ(数独)にハマっていると知ると、本心はどうあれ、『他の患者さんでもハマっている人がいるし、私もがんばろうかと思ってるんですよねー』なんて、しゃべれない父がそれでも話そうとするように話題を導いてくださいます。

先週の水曜日にSさんが来てくださり、かなり長い間父とおしゃべりをしてくださいました。
ALSになる前から、父はあまり家に来るお客さんたちと話すことはなく、むしろ感じ悪い態度をとることもしばしばだったのですが、Sさんに対しては、それがなく、自分からいろいろと話そうとしていました。
病気になる前からナンプレが大好きで、ずっと下を向いているからか頚骨を患ったこともある父ですが、Sさんには『好きなことをさせてあげてください。頚骨を痛めたら、そのときはそれなりの処置をしますから』とまでおっしゃっていただきました。
言葉の裏を考えれば、『もう好きなことが出来る時間はあまりない』とも取れますけれど、それでも父が好きなことをしてわずかなりとも幸せだと感じる時間が長ければいいなと、制限することを控えようと母と決めました。

ともあれ、Sさんとは父も波長が合ったのか、その後にはこれまでは見向きもしなかったALSについて書かれた冊子などにも目を通すようになり、逃げるようにしていた現実とわずかでも向き合ってくれるようになったみたいです。
きっと、最終的な選択のどちらを選んでも後悔はするだろうけれど、それでもそれなりに楽しむことは出来ると、わかってくれたんじゃないかなと、思います。
父が前向きになってくれるなら、どんなに大変でも、みんながんばれるのだから。

毎日、私が生まれる前に戦死してしまったおじいちゃん(父の父)に、お願いしています。
どんな選択であれ、少しでも父の過ごす時間が、楽しいものでありますように、わずかでも、辛さや痛みなどが少ない時間を過ごせますように、と。
何よりも、あんまり早く、父をおじいちゃんのところへ呼ばないでね、と…。
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12日目。
2011年 02月 24日 |
相変わらず、忙しない日々を送っています。

父との時間はともあれ。
20日(日)に、少しでも手入れの手間が省けたらいいなあと、行きつけの美容院で髪を切りそろえてゆるくパーマをかけてもらいました。
仕上がりとしては、もう少し長さを残してパーマもきつめで良かったんじゃないかな?なんて思うほどではありますが、元が強情なほどの直毛なので、少しでも毛先にウェーブがあるとまとめたときに便利なので、しばらくはこのままで放置していてもいいかなーなんて思っています。
21日(月)にはもう一度外科医に行って、足の爪の状態を看ていただきました。
痛み止め&化膿止めのお薬を服用している間は大丈夫なのですが、ちょっと飲み忘れたりするとやっぱり痛みはまだあるので、もうしばらくお薬だけでももらうべきか否か、迷っているところです。
毎週水曜日には訪問看護士さんがいらっしゃるし、姉家族も時間の許す限り訪ねてきてくれます。
目に見えた予定があるわけではないのに、それでもなんだか日々があっという間に過ぎていってしまいます…。

昨日23日(水)には、現実から目をそらしたがっている父には申し訳ないけれど、それでも最終的な決断をなるべく近いうちにしてもらわなくてはいけないからと、姉夫婦とこっそり打ち合わせをして、親族会議を開きました。
胃ろうが最終難関であると思っていた節のある父には申し訳ないけれど、今後も気管切開、呼吸器の使用の有無など、残酷なまでの選択を強いなくてはなりません。
特に、もともと『お前たちがこう言ったから』などと他人の判断に任せてしまうことが多かった父なので、『一度付けてしまえば本人の意思であっても外すことが不可能』である呼吸器の有無の選択は、酷であるかもしれません。
それでも、本人以外の誰も決めることは出来ないし、決めておかなければいざというときの処置に医療側が手をこまねいて見送る結果にもなってしまう可能性もあるので、決断を急がせなくてはならなくて。

ALSは、今のところ治る見込みのない、残酷な症状です。
それでもまだ、『今後をどう生きるか』という選択が出来るだけ、マシなのかもしれないと、最近は思うようになりました。
癌や他の病気で、あと3ヶ月です手の施しようがありません、なんて言われるよりは、まだ選択の余地があるのですから。

最終的には指一本さえ動かせなくなります。
なのに、脳や心臓はしっかりと動いているので、本人の意識ははっきりとしており、逆に脳死などの植物人間状態よりも辛いのかもしれません。
それで、少しでも長く生きていたいとがんばってくれるか、周りに迷惑をかけるし生きていても何もいいことがないと思うかは、本人次第なのですよね。

みんな、父には長生きしてほしいと思っています。
でもそれは、父が少しでも幸せだと思ってくれることが大前提で。
『みんなに迷惑をかける』と二言目には言う父ですが、それでも生きたいと思うのか否か、そのあたりが重要な点になると思います。

病院側は、副医院長をはじめ、各分野でもトップの方々を揃えた布陣を敷いてくださっています。
外来診療はもちろん訪問看護士さんたちも、私や姉がいない時の母のためにも公共の機関や人材を使えるように便宜を図ってもらおうと、積極的に動いてくださっています。
制度的にはまだまだ不自由の多い田舎の市ですけれど、それでも出来るだけのことをしようと助けてくださる方々、そして『何かあったらいつでも言って』という、その言葉だけでもうれしくなるお友達や親類、ご近所さんたちの励ましに、支えてもらっています。

これから数年なのか十数年なのか、先の見通しがまったく立ちませんけれど。
なるべく父の選択が、父自身を苦しめることにならないよう、祈っています。
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2011年 02月 21日 |
昨年6月下旬に、父がALSであると告知を受けてから、8ヶ月。
症例が少ない難病ということで、比べようがなくてわからないのですが、思っていたよりも父の症状の悪化が早いように思え、やりきれないです。

3ヶ月前の帰国のときには、まだ、言葉もゆっくり話してもらえばほぼ理解できたし、一緒に1時間以上のお散歩に出かけたりもしました。
車の運転も出来ていましたし、無理しつつもまだ口から食べ物を摂取できていました。
でも今、そのほとんどが出来なくなっています。
会話は、『何について』という前提が分かっていれば何とか…という程度で、父が懸命に説明しようとしてくれる詳細は、書いてもらわないと分からないということがほとんどで。
外出は、身体機能(体のあらゆる筋肉)の劣化により、粗相を気にしてか、通院以外は家の中でさえトイレとお風呂以外はほとんど動かないほどになってしまいました。
口周りから始まった症状が、最近は上半身にも及んでいるようで、和室に敷いた布団から体を起こすことさえ母や私の手を必要とするようになり、直視できないほどに痩せ細った体は自身の体重さえも支えられなくなりつつあります。

正直、辛いです。
誰よりも本人が一番辛いんだと分かっていますが、毎日少しずつ、出来ることが減っていっている父の姿は、見ているだけでもしんどいです。
さらに、今後の治療法を決める重要な決断が迫っていて、現実から目を背けたがっている父に酷な選択を強いることになるのが、本当に申し訳なくて。
代われるものなら代わりたいとさえ思うのに、現実にはそれは不可能で。

とにかく、これから先どれだけの時間があるのかは分かりませんが。
父と、そして母や祖母、姉家族、私のだんなにとって、少しでも辛さが軽減されますよう、祈らずにはいられません。
誰かの犠牲の上に成り立つ不安定な幸せではなく、みんなで団結して築いていける未来へのカウントダウンがまだあることを、信じたいです。
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7日目。
2011年 02月 19日 |
帰国から、1週間。
前回の帰国からたった3ヶ月という所為もあるかもですが、なんだかまだたったの1週間しかたってないということが信じられません。
うん、感覚的にはもう1ヶ月くらいはいるような、というかむしろカナダで生活していたことのほうが信じられなくなりつつあり。

水曜日には訪問看護士さんがいらっしゃったり、金曜日には父の定期健診に付き合ったり、それ以外の毎日も父を中心に過ぎていっています。
胃ろうの食事に大体2時間半~3時間かかり、それが朝昼晩と3回あるので、1日の約3/5は父の食事時間となっています。
その間、十数分おきくらいにはちゃんと胃ろうが出来ているか、トイレに行きたくはないか、唾液や痰の吸引をしたくはないかと確認するので、離れられず。
食事と食事の間の数時間は、比較的自由に過ごせますが、それでも誰かひとりは父の声の届くところにいたほうがいいということで、なかなかまとまった時間は取れません。
それでも今は私がいるので、母も少しは外出できますし、私も数時間くらいならば買い物等に出かけたりしますけれど、今後はそういう時間さえも持てなくなるのかもしれません。

昨日は私の誕生日、とはいえ午前中から午後早い時間までは父の定期健診の運転手をしており、その後もいつもと変わらない日を過ごし、特別感のないまま過ぎてゆきました。

b0090654_22155241.jpgそして本日は、朝早くから甥っ子の発表会を見に行ってきました。
園児全員での唱歌、それぞれの組の出し物を、ほほえましく鑑賞しましたよ。
特に甥っ子は、劇に出演していたのですが、他のお友達は先生のほうばかりを見てせりふもたどたどしかったのに、彼は堂々と大きな声で間違えることなくせりふも言え、少々落ち着きはなかったものの、それでもなかなかの役者っぷりを発揮してくれました。
その後、久しぶりに足の爪を悪化させて化膿してしまったのを診てもらいに行きました。
高校生のときに、右足の親指、人差し指側を、爪が肉に食い込んだのか化膿させてしまって爪を半分くらい剥がされたことがあり、以来爪の切り方には細心の注意を払っていたのですが、久しぶりにやっちまいました…。
でも今回は、爪を剥がされることもなく、痛み止め&化膿止めの薬を服用するだけで何とかなりそうなので、ちょっと、ほっ。
とはいえ、まだ結構ぽんぽんに腫れているので、月曜日の再診までは安心できないのですけれども…。

初週は、だんなと話したのはスカイプ1回、電話1回のみ。
しかも電話は10分にも満たないくらいで、申し訳なく。
別に何といって予定がはいっているわけでもないのですけれど、なぜかミョーに時間に追われているような感じで、ゆっくりと話が出来ないんですよねぇ。
何でかなー?
それでも、何とか1週間の流れは分かったので、明日からはもうちょっと余裕が持てたらいいなあ。
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覚悟。
2011年 02月 18日 |
今後の父の決断によっては、離婚も視野に入れなくてはいけないかもしれない。
そんなことを思った38回目の誕生日は、親友ふたりからだけのおめでとうの言葉が、泣けてくるほどうれしかった。
あどけない甥っ子からの、無邪気なおめでとうの絵に、幸せをもらった。

ありがとう。
頑張る勇気をもらいました。
本当に、ありがとう。
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2日目。
2011年 02月 14日 |
昨晩、無事に実家に着きました。
心配されていた天候は、今までにこんなに快晴だったことはない!というくらいのすっかーんと抜けるような青空でした。
乱気流もほとんどなく、バンクーバー発が20分ほど遅れたものの成田の到着は10分遅れくらいになっており、地元への空港への発着もほぼ定刻どおりでした。
しかし、晴天だった所為か、実家の最寄の駅に着いた午後7時ごろには極寒で、カナダのおうちの中の暖かさをしみじみと実感しました。
まあ同時に、ゆっくりと熱いお湯に浸るというお風呂のありがたさも噛み締めたんですが。

そして本日は、午前中に伯母夫婦が訪ねてきてくださり、夕方からは姉と甥っ子が来てくれました。
どうやら私は3ヶ月前の帰国のときから、甥っ子には『遊び相手』とロックオンされているようで、『chat(仮名)おばちゃんと○×するーっ』と元気よくご指名くださいました♪
雨の予報だったのに彼らが来るころから降雪に変わり、ほんの2時間くらいですっかり真っ白になってしまったため、あまりゆっくりせずに帰宅することになってしまいましたが、まあまた土曜日に会う約束をしたので大丈夫でしょう。

みなさまにとって、素敵なバレンタインデーだったことを祈りつつ。
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2011年 02月 11日 |
日本へ出立するために家を出るまで、あと17時間ちょっと。
なのに、あれこれと心配なことが色々あって、落ち着きません。

まず何よりも、お天気。
カナダ、バンクーバー空港は雨という予報ですが、風もなさそうでそれほど心配はないのですが、到着する日本の方が積雪、しかも玄関口である成田も私の地元もあまり雪には慣れておらず、少しの雪でもおたおたしそうで。
実家のある地元の地域予報でも、北米発信の世界の気候でも、前後は雪マーク付きだけれど私が到着する日曜日は晴れる予報が出ているので、このままなんとか保ってほしいです。

そして、今週半ばにお友だちがEMS便でDVDディスクを送ってくれたのですが、まだ届いていません。
日数的に、今週中に届くという可能性は少ないと分かっていましたが、私が飛行機のチケットを購入したのもギリギリだったので、行き違いになってしまったようでして。
届かない心配はないのですが、最近の郵便局ったら、普通の小包でさえも局留めにして、本人のサインを要求してくれるんですよね。
ちゃんと運転免許証などを提示し、同じ苗字で同じ住所に住んでいると証明しても、私宛のものはだんなでは受け取り出来ないのです。
ということは、その方が送ってくださったものは私がカナダを離れてから届くことになり、本人以外の受け取りが出来ないとなると、そのまま送り返されてしまうことになるのでしょうか。
こういうことでも、委任状って有効なのかな?
もしも使えるなら、せめてそのディスクだけでも、だんなが受け取れるように書類を整えたいのですけれど。

あ、でも、なんとか昨日の時点でだんなの就職が決まり、来週からお勤めが始まります。
距離的にはそこそこありますが渋滞知らずの通勤経路ですし、夜シフトなどのない一定の勤務時間なので、体調もにゃんずのご飯も、大丈夫そう。
ともあれ、しばらく家を空けることになる前に、心配事がひとつでも減ってよかったです。
…とはいえ、ある程度は雇用側も本人としても試用期間ですから、まだまだ100%安心出来るわけではないんですけれどもね。

まあ、些細な心配は尽きませんが。
なるようにしかならないと腹を括って挑みたいと思います。
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2011年 02月 11日 |
一昨日、里帰りのための旅行保険を購入しました。
電話でのオーダーだったので、翌日までにはファックスで書類を送ってくれるということだったんですけど、まだ届いていません。
まあ、個別番号はもらっているから何かあったらそれで対応してもらえるはずなんですが、まあ、飛行機のチケットの時もこちらから請求しないと連絡が来なかったし、予想はしていたけど、カナダ応対です。

そして、実姉から『君が飛行機のチケットを取ったら、週末(私の日本到着予定)の天気予報が雪になったよ』と呆れ顔の絵文字付きでメールが来ました。
え、それってやっぱり私の所為なのか?
でも、今でこそ悪天候女ですが大本は雪女、『冬に移動すると雪を降らす』と言われてますので、このお天気も予想通り、なのかなー?

とりあえずは、ちゃんと飛行機が日本についてくれることを願っています…。
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16Lの夢。
2011年 02月 10日 |
先日、近所のワイナリーへ、お気に入りのワインの箱入りを買いに行ってきました。

え、箱入り?
と驚く方もいらっしゃるかもしれませんが、750ml入りの瓶よりもお得な、3〜4Lの箱ワインというものがあるのです。
全てのワイナリーにあるというわけではありませんが、例えばビールでも注ぎ口の付いた大容量のものがあったりするのと同様、ワインにもそういうものがあるのです。

で、私のお気に入りは、在住市で最古の歴史のあるワイナリーのオリジナルブレンド。
赤も白も、どちらも飲みやすく、初心者から愛好者まで、幅広く支持されているものです。
また、バンクーバー近郊のレストランで供される『ハウスワイン』は、このワイナリーのオリジナルであることも少なくありません。
渋すぎず軽すぎず、重すぎず淡白すぎず。
うっかり飲み過ぎてしまう危険な味ではあるのですが、まあ、それはともかく。

いつも私は、4L入りを購入します。
でも今回、『箱ワインをください』と言ったら、『4L?それとも16L?』と訊かれまして。
16L入りがあるなんて知りませんでしたから、驚きを隠しながらも『4Lで』と言ったんですけれど。
とはいえどうしても、そのワインのファンとしては興味の虫がうずいてしまい、大きさと値段を尋ねてみましたら。
大きさはまあ、普段買う4L入りの親分という感じで、外装も販売対象をレストランなどにしているのか、愛想のない単なる白い箱でした。
値段も、4L×4よりもほんのC$10くらい安いだけだったので、めちゃめちゃ魅力的!というわけではなかったのですけれど、それでも買いに行く手間が1/4に減るというのはちょっと心惹かれます。
っていうかさ、箱ワインがあるだけでも、『どんだけ飲兵衛なの』って思われるだろうに、16L入り、普通の瓶にして21本分くらいの量をレストランではなく個人の家庭に置こうというのは、やっぱちょっと、顰蹙ですかねえ。
というか、それをどれだけの日数で飲んでしまうのかという自分の酒量を考えると、さすがに怖くなりますが。

基本的に、食べることにはそれほど執着というか欲はあまりないのですけれど、飲むことに関しては、昔から依存していました。
子どものころはキリンレモン、長じてからは紅茶に、今は紅茶とワイン(&それ以外も甘くなければそれなり)に。
食べ物でも、パサパサしたものよりは汁気の多いものが好きなので、基本的に水分を採ることが好きなのかもしれません。
だからいつもお腹がガポガポで、下腹がポッコリなのか…?

ともあれ、16L入りの箱ワイン、心惹かれつつも、今はまだ手を出さずにいようと思います。
っていうか、手を出す前に、『ご家庭で出来るワイン造り』みたいなもんを始めそうですけれども…(だってだんながそれ用のキットを買ってきましたからねえ)。
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